大阪国際音楽コンクール OSAKA I.M.C

大阪国際音楽コンクールの関連情報など

第14回募集要項できました!

お待たせしました。
第14回募集要項がホームページにアップされました。

小学1、2年生のピアノや弦楽器を勉強されている方たちは、今回からSectionⅠでの参加もできるようになりました!

4月1日より受付開始です。

第14回チラシ

コンクール |

Umi Garrettさん

昨年の第13回ピアノ部門Age-E2で第1位を獲得されたギャレット宇見(Umi Garrett)さんのコンサートが、3月20日(祝)にコンサートサロン“ジュエ”にておこなわれます。
ジュエは、3月3日にリニューアルオープンしたカワイ梅田店に新しく開設されたコンサートサロンです。

ギャレットさんは、審査員満場一致にて、グランドファイナル=ガラコンサートへ推薦されましたが、残念ながら最終日まで日本に滞在することができず、アメリカへ帰国されました。
昨年のコンクールは、ギャレットさんをはじめ、とても若い方たちの活躍が目立ち、審査員の先生方からも彼女たちの今後が楽しみだという意見がたくさんありました。
今年のコンクールでもギャレットさんたちのような、これからの音楽界を担っていく音楽家のみなさんに出会えるのが楽しみです!

20日のコンサート演奏曲は、ベートーヴェンやモーツァルト、ショパンなどです。
チケットは、残りわずかだそうですが、ぜひ足を運んでくださいませ。

昨年のギャレットさんの1位受賞のことがJapan Timaesで紹介されました。

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その後の活躍 |

フェスティバルホール間もなく開業!

建物老朽化による建て替えの為、2008年12月より休業していた大阪のフェスティバルホールが、来月オープンします。
クラシックに限らず、ニューミュージックやバレエの公演でも定評だったホールの再開を、皆さん心待ちにしていたことでしょう。
4月3日のオープニングイベントには、当コンクールの実行委員長の北野先生も招待されて、新しいホールの仕上がりを今から楽しみにされています。
そうそう、当コンクールでいつもお世話になっている調律師の藤枝裕久さんは、フェスティバルホールの専属調律師になられたそうですよ!
藤枝さん、おめでとうございます!!

そんな嬉しいニュースの中、ふと旧フェスティバルホールの専属調律師であった当コンクール設立当初からの調律師、土居孝司さんを思い出しました。
一番再開を楽しみにしておられたであろう土居さんは、残念なことに、フェスティバル休業となった次の年、2009年3月5日に急逝されました…旧ホールと共に天に昇られたのでしょうか…
新しいフェスティバルの開業を、きっと喜んでおられることでしょう。

下の記事は、亡くなる前に紹介された新聞記事です。



FestivalHall2008

雑記 |

世界遺産“熊野古道”

大阪国際音楽コンクールの事務局は、ご存知の通り大阪・阿倍野にありますが、この周辺を見回すと色々な歴史的なものが結構あります。

その一つに、2004年世界遺産に登録された“熊野古道”の紀伊路が事務局の真横を通っています。
出発地点は、天満橋にある八軒屋船着場。
昨年、クロイツベルガー教授が来阪されたとき観光で乗ったダックツアーの乗り場辺りです。
昔は京都から熊野詣をするのに、そこまで船で来て陸路を南へ進んだそうです。
ちょうど大阪城の西側で、6月8日に中野振一郎先生のチェンバロサロンコンサートを行うお店『パスタフルカフェ マリアン』もこの近くです。




そこから、細い道を長堀通りのすぐ北までまっすぐ進んだら、後は東へ西へ折れながら空堀→上本町→四天王寺→阿部野橋→松虫→万代池→住吉大社…と進んでいきます。
その道の各所にはちゃんと熊野街道という来歴碑があり、天満橋からの距離も記されています。



事務局のすぐ近くが松虫ですが、その道を進んでいくと陰陽師で有名な安倍晴明神社や阿倍王子神社があり、よく利用する郵便局の名前も“阿倍野保名郵便局”と安倍晴明さんの父親の名前そのままがつけられています。
住所の“王子町”もこの関係でつけられたんでしょうね。

安倍晴明神社



阿倍野保名郵便局



松虫塚



万代池(春には、池の周りは満開の桜でとても綺麗)



熊野詣で設けられた九十九王子神祠で現存する神社は、この阿倍王子神社だけだそう。
大阪市のホームページ




阿倍王子神社から南へ少し行った所にある公園には、経塚跡と立札があります。



旧ホームページで載せていたものを、ここでご紹介しますね。

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上町台地にある阿倍野という地名のルーツは、この地域一帯を支配していた古代の豪族「阿倍氏」が有力であるといわれています。孝元天皇の皇子・大彦命が先祖で、歴史でもご存じ、7世紀中ごろ水軍をひきいて奥羽(東北)地方の蝦夷を攻めた阿倍比羅夫、遣唐使として派遣され帰国せず唐の高官となりベトナムにも赴任した阿倍仲麻呂、陰陽道のヒーロー安倍晴明なども名を連ねています。

阿倍野区一帯は茶臼山の南に続く墳墓地でもあり、丸山古墳や松虫塚、播磨塚、小町塚や帝塚山などと「塚」のつく地名は多くの古墳があった証し。「金塚」も古墳の一つで、明治期に発掘されたとき、金をちりばめた副葬品が出土されました。

阿倍王子神社は熊野詣への街道「熊野街道」に位置する、熊野大社(本宮・新宮・那智山)の末社。そこから「王子」に土地の名前をつけて阿倍王子と呼ばれるようになりました。その隣にある安倍晴明神社は阿倍王子神社の末社で、2005年9月26日は『安倍晴明没後千年』で、千年に一度のビッグイベントが行なわれました。
(参考:阿倍野広報誌)
雑記 |
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